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広島高等裁判所 昭和61年(ラ)68号 決定 1987年3月09日

抗告人(債権者)

株式会社ユニオンマリンエンジニアリング

右代表者清算人

山田清

右代理人弁護士

竹本昌弘

阪本豊起

相手方(債務者)

セイント・シッピング・ラインズ株式会社

右代表者代表取締役

茂原暁生

相手方(船舶所有者)

テレリ・シッピング株式会社

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一抗告の趣旨及び理由

別紙のとおり

二当裁判所の判断

1 法定担保物権としての船舶先取特権は、一定の債権を担保するために法律により特に認められた権利であるが、被担保債権の法律効果であるから、国際私法上、船舶先取特権が成立するためには、被担保債権自体の準拠法により認められるとともに、さらに、法定担保物権としての物権の準拠法である目的物の所在地法(法例一〇条参照。物権の目的物が船舶の場合は、その旗国法)によつても認められねばならず、また当事者の合意によつて設定される約定担保物権としての船舶抵当権は、もつぱら物権の準拠法である目的物の所在地法だけで、その成否が決せられるのであり、このようにして一たん成立が認められた船舶先取特権や船舶抵当権についての各内容・効力・その権利相互間の順位(優劣関係)は、もつぱら当該担保物権自体の準拠法である目的物の所在地法(旗国法)により決定されると解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、本件記録及び広島地方裁判所尾道支部昭和六〇年(ケ)第四八号船舶競売事件記録によると、抗告人は、相手方テレリ・シッピング株式会社所有の船舶オアシス・セイント号(以下、本件船舶という)の航海継続の必要により生じた債務(その債務者は相手方セイント・シッピング・ラインズ株式会社)の債権者であり、この債権の船舶先取特権の実行として、原裁判所において本件船舶競売手続が開始され(同庁昭和六〇年(ケ)第四八号事件との関係で二重の競売手続の開始)、本件船舶の最低売却価額が六五〇〇万円であること、その船籍はパナマ共和国にあること、この船舶につき、別表記載の債権が昭和六一年一一月五日までに生じていて、パナマ海事法の規定上、別表記載の各債権が抗告人の本件差押債権に優先すること、そこで原裁判所は、右最低売却価額で、抗告人の本件差押債権に優先する債権四億九三〇五万円(US一ドルにつき一六三円換算)を弁済して剰余を生ずる見込がない旨の無剰余通知をしたうえ、原決定を行つたことが認められる。

右事実によると、競売裁判所が民事執行法一八九条、一二一条によつて準用される同法六三条三項の競売手続取消決定を行う前提手続において、パナマ海事法の規定によつて、別表記載の各債権が抗告人の本件差押債権に優先するものと決したことは正当であり、右決定が違法であるとの抗告人の所論は採用できない。

3  よつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用の負担につき民事執行法二〇条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官村上博巳 裁判官滝口功 裁判官弘重一明)

別紙 抗告の趣旨

原決定を取消す。

との裁判を求める。

(別紙)

一覧表

船舶オアシス・セイント号関係

番号

債権者

債権の種類及び金額

摘要

1

抗告人及び道南石油株式会社

ほか一名

執行費用

一一七四万九九八八円

パハマ海事法一五〇七条一号

規定の債権

2

船員 向島船渠

保管料

繋船料)一七六万円

右法条一号規定の債権

3

船員

給与

一三二万〇六三七円

右法条三号規定の債権

4

バンク・ナショナル・デ・

パリス(ビラ)・リミテッド

船舶抵当債権(貸金)

四億六六二六万五〇〇〇円

右法条七号規定の債権

(合計四億九三〇三万五六二五円)

抗告の理由

1 原審は、昭和六一年一一月六日、抗告人に対し、無剰余通知をなし、期間内に民事執行法六三条二項各号に定める申出及び保証の提供をせず、剰余を生ずる見込みがあることを証明しなかつたとして、昭和六一年一一月一九日、競売手続を取消す決定をなした。

2 しかし、前記無剰余通知は、パナマ法を準拠法とし、パナマ法によると給与及び抵当債権が抗告人の債権に優先するとして無剰余通知をなし、引き続いて競売手続を取消したものであるが、原審には次のような違法な点がある。

① 本船は、債務者セイント・シッピング・ラインズ株式会社が所有する船舶であり、同社は日本の株式会社であるにもかかわらず、パナマ法を適用することは違法である。

本船が、債務者の自社船であるにもかかわらず、パナマ船籍としているのは、租税や日本船員組合との協定を回避し、本国の法律を脱法する措置であつて、このような船舶を「便宜置籍船」と称する。

本船は、伝統的海運国と考えられないパナマ国の旗を掲げているが、パナマで本船を所有しているとされる会社は、いわゆるペーパーカンパニーであつて、これは業界の常識とされている。

又、本船が、債務者所有船であることは、債務者と取引のあつたすべての業者が認めているところであり、債務者もこれを自認して、船舶消耗品の発注をしている。

よつて、本件において、原審がパナマ法を適用するのは、このような便宜置籍船の実態をとらえていないからにほかならない。

② 本件のように、日本法で特に保護している船舶先取特権については、被担保債権の準拠法によるべきである。

商法は、第八四二条によつて、船舶先取特権を規定し、抗告人のように、船舶に対して日常必需品を供給したり、船舶の修理によつて債権を有したものを特に保護しているのは、船舶には通常抵当権が設定され、一般債権者たる地位では、満足を受けないからであつて、旗国法を適用するとなると前記制度趣旨に著しく反することとなる。

仮に、船舶先取特権の準拠法を旗国法だとすると、外国船舶の停泊期間が通常短いことから、裁判所に即断を迫られることになるが、裁判所においても、外国法に関する資料が少なく、債権者としても容易に知り得ないので、先取特権は、全く有名無実の制度になつてしまう。

とくに、便宜置籍船の場合は、パナマやシンガポール、リベリアといつた従来海運国として考えられていなかつた国に船籍を置いているのであるから、なおさらである。

更に、このような便宜置籍船につき、日本国法によつて法定されている船舶先取特権が認められないということになれば、抗告人や造船所、給油業者など、船舶の航行するについて必要欠くべからざる業務に携わつているものは、船舶の籍がわけもわからぬ国の名前になつていることだけの理由によつて、保護されないことになり、業界全体に及ぼす影響は、はかりしれない。

③ 原裁判所は、向島船渠から出されている留置権の主張に対する判断をなさないまま、競売手続を進めようともせず、競売開始決定から一年四ケ月が経過して、一片の無剰余通知とそれに続く競売取消決定によつて、弱小債権者をふるいおとそうとしている。

しかし、裁判所が利害関係人の調整をはかるというのであれば、抗告人としても、妥協点を見出す努力はするものである。

前記のような競売手続の遷延及び一方的な取消は、抗告人として納得できない。

よつて、執行抗告を申立てる次第である。

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